作品かんたん紹介
2020年(第24回)
調べる学習部門 高校生の部
『椿峰ニュータウンを「サスティナブルタウン」とするために ~先行事例における取組みを通じて~』
德山 結大
東京都 / 海城 高等学校 1年生
文部科学大臣賞
「ニュータウンが抱える課題は、将来日本社会に起こり得る問題である」と考える作者。地元のニュータウン衰退を防ぐため、人口減少、少子高齢化などの原因を探ります。再生に成功した地域の事例から、行政や大学と連携したネットワークの形成や雇用を創出する仕組みなど、再生のヒントを導き出します。
「ニュータウンが抱える課題は、将来日本社会に起こり得る問題である」と考える作者。地元のニュータウン衰退を防ぐため、人口減少、少子高齢化などの原因を探ります。再生に成功した地域の事例から、行政や大学と連携したネットワークの形成や雇用を創出する仕組みなど、再生のヒントを導き出します。
序論
(オリジナル作品 1ページ)
2018年9月24日の朝日新聞によると、埼玉県の椿峰ニュータウンや鳩山ニュータウンでは、団塊世代が介護を必要とするまであと10年、残された時間は多くないという。
ニュータウンにおける高齢化が、喫緊の課題であることに衝撃を覚えた。
筆者の家から近い椿峰ニュータウンも少子高齢化が進んでいるらしい。そこでテーマを「椿峰ニュータウンを「サスティナブルタウン」とするために~先行事例における取組みを通じて~」として、研究を始めた。
『ニュータウンの社会史』(金子淳著)に、ニュータウンで起こる問題とは、これからの日本で起こる問題を先取りする形で現れているとある。高齢者が安心して暮らせるまちづくりのためには「今」始める必要がある。
椿峰ニュータウンのある地域は行政の介入が弱くなりやすい地域であり、特に高齢化率や空き家率が高い傾向にある。
問題が深刻化しているものの、緑豊かで衰退させるには惜しいニュータウンである。
「今」「椿峰ニュータウン」について調べることは、日本の他の場所で将来起こり得る問題について考えることができると同時に、名作ニュータウンの衰退を防ぐことにもつながる。
第1章 椿峰ニュータウンの現状
(オリジナル作品 3ページ)
まずニュータウンの歴史と全国のニュータウン共通の現状、次いで椿峰ニュータウンの概要や歴史、特徴を調べ、最後に椿峰ニュータウンが抱える問題について考えてみる。
ニュータウンの原型は、イギリスで提唱された田園都市構想。
日本では高度経済成長期以降のニュータウン政策として注目されたが、「都市と農村の双方の長所を兼ねそなえた田園構想」は、「職住近接」という理念を欠き、大都市に長時間電車で通勤する人の住む、単なるベッドタウンとして開発されていった。
当時は大都市への人口集中が激しく、住宅難も深刻だった。そのため、それらの構想を無視して開発を進めなければ、大都市で急増する人口を収容できるニュータウンは建設できないという状況があったからだ。
① 「人口移動」
大都市に集中する人口の対策として郊外にニュータウンを作ったが、現在は 郊外で育った生産年齢人口が東京へ流失している。
② 「空き家の増加」
過去にニュータウンとして開発された地域で、「利用不適」と判断されるような質の低い「市場に出ていない空き家」が増え、街全体の住みやすさが低下している現状がある。
椿峰ニュータウンは、所沢市の南西部に位置し、狭山丘陵の一角を切り拓いてできた。
最寄り駅は、西武池袋線小手指駅(バス10分、徒歩25分)、西武狭山線下山口駅(徒歩5分)。
ニュータウン内には、椿峰小学校がある。
「住みやすい点」
1.コミュニティ会館、図書館、椿峰中央公園等多くの公園など「公有資産」が豊富である。
2.緑が豊かで、街の真ん中を通る「緑道」や、「みんなのお庭」と呼ぶコミュニティ・ガーデンがある。開発時に定めた「緑地協定」が現在の緑の豊かさにつながっている。
「住みにくい点」
一番の特徴は「起伏」の多さ。「まちづくりアンケート」では「坂が多く、買い物に不便」「坂道、階段の多さから日常の買い物、安全に不安」という意見が多数見られた。
「少子高齢化」
椿峰小学校の児童数を見てみると、ここ30年ほどで半分以下に減った。ここで育った人たちが都心に出て戻ってこない。親世代にあたる人たちも入ってこないため、子供が増えず「少子化」が進んでいる。
2003年の住民アンケートの回答者の現在の年代をみても、椿峰ニュータウンは高齢化しており、世代交代がうまくいっていない。
「住民の不便」
1.バリアフリー化の遅れ
多くの集合住宅は4~5階建てにもかかわらず、ほとんどにエレベーターが設置されていない。玄関の狭さや急勾配なスロープ、荷物を持つ人や車いすの方には大変不便だ。
2.各施設までの距離・高低差
食品、飲食店はニュータウン内にはほとんどなく、スーパーは5~10分歩かなければ行けない。
第2章 なぜ椿峰ニュータウンではこのような問題が起こるのか?
(オリジナル作品 10ページ)
なぜ椿峰ニュータウンでこのような問題が起こっているのか、また対策がなされていないのかについて、「椿峰の魅力のなさ」および「まとまりのなさ」という二つの観点から考える。
1.「交通の便が悪い」点。最寄りの小手指駅までバスを利用しなければならない。下山口駅は電車の本数が少なく、終電が比較的早い。ほかに「大きなお店がない」「職場が遠い」という声がアンケートで聞かれた。一方、椿峰の魅力とされる「緑の豊かさ」はPRポイントとするには弱いといえる。
2.「所沢市の魅力のなさ」。理由の一つ目は「交通の便の悪さ」。人気のある市は、新たに乗り入れた地下鉄によって都心へのアクセスがいい等に対し、所沢は始発電車がなく、都内や県内の他市にも出にくいことが、特に東京勤務者にとっての「魅力のなさ」である。二つ目は「雇用の少な さ 」。三浦は「所沢市は、都心に勤めるサラリーマンにとっては通勤しにくく、子育て世代にとっては子育てしにくく、シニアには老後を楽しく過ごしにくく、自営業者にとっては商売しにくい街として認識されてしまった」とまとめている。
「まとまりのなさ」という観点から考えてみる。
1.「住民組織の乱立」
戸建てエリアでは自治会・町内会が複数存在しており、集合住宅エリアには自治会・町内会に加えて、管理組合があり、組織の重複が見られる場所もある。一方、行政や企業など組織の介入も見られない。
2.「つかめない実態」
椿峰ニュータウンは、小手指地区と山口地区の二つにまたがるため、正確なデータがとりにくく、人口流出、少子高齢化の分析ができず具体的かつ的確な解決策がたてにくい。
第3章 先行事例を探る
(オリジナル作品 14ページ)
これまで見た現状と原因分析を踏まえ、私は、椿峰ニュータウンにおいてサスティナブルタウンを実現するには、次のような街であるべきだと考えた。
①適切な世代交代が行われる街
②まとまりのある街
③住民が住み続けたいと思う街
対策を考える上で、同じような時期に開発され、ニュータウン再生を成功させている、あるいは対策が進んでいるところがいくつかある。
多摩ニュータウン(東京)と泉北ニュータウン(大阪)の二つを探っていく。
多摩ニュータウンは、東京西郊の多摩丘陵に開発されたニュータウンで、交通は新宿から私鉄で約30分の距離にある。
特徴は、豊かな緑と多くの公園、歩車分離された全長41kmの遊歩道がある。一方で、バリアフリー化の遅れや買い物の不便さなどの課題は、椿峰ニュータウンと共通する点である。
主な問題は三つあるとされる。
1.「急速な少子高齢化」とそれによる「人口減少」
近年老年人口が急増する一方、生産年齢人口や少年人口が減少傾向にある。
2.「施設・インフラの劣化と維持費用増加」
団地やインフラの劣化等により店舗閉鎖が相次いで「近隣サービスの機能低下」も進んでいる。
3.対策をしなければ負の連鎖が起こり、「人口減少の加速」「 空き室、空き家の増加」「身近なサービス提供機能の消滅」が予測される。
多摩市はニュータウン再生の前提として、二つのコンセプトを掲げている。
1.「まちが持続化する仕組みを持つ」まちの魅力を取り戻し、子育て世代を惹きつけ呼び込む。
流入した子育て世代の新しい生活を支える機能や都市基盤、環境を充実させ、再活性化を図る。その後、ライフステージに合わせて地域内を自由に住み替え出来る循環構造を整備する。
2.「多摩ニュータウンにふさわしいコンパクトを目指す」駅などの大拠点に加え、子育て支援や医療・福祉・包括ケアなどの多様な拠点を作り出し、その各拠点間の連携を強化することで、コンパクトなまちの再編を目指す。
多摩ニュータウンでは、「分譲マンション建て替え」に成功し街の活性化を果たした例もある。既存の住宅ストックを活用しながらニュータウンを再生させるという視点も今後重要である。
1.「リフォーム」
トイレの狭さ、室内の段差などの問題を抱える、建築後30年を経過した住宅を積極的にリフォームしている。
2.「リファイニング」
「リフォーム」や「全面建て替え」には、住民の合意形成に時間がかかるなどの問題がある。そこで住棟単位で、柱、梁、床、壁などを残した徹底的な「リファイニング」はニュータウンの特性や課題に適合する。
3.「コンバージョン」
少子化によって統廃合が進む学校が、好立地であることに着目してコミュニティーセンターに使ったり、教室の広さを活かして、ケアハウスや高齢者居住施設などへと転換する。
多摩ニュータウンの取組みを先行事例として、椿峰ニュータウンを持続可能な街、すなわちサスティナブルタウンにするためには、「①若者を惹きつけること」による街の持続化、そのために生活を支える機能や環境・都市基盤を充実させ、「②街に拠点を作ること」が必要である。「③住宅ストックの活用」によって、「起伏の多さ」「バリアフリー化の遅れ」の解決が可能であると考えられる。
泉北ニュータウンは、大阪府堺市に開発された。大阪市中心部からは電車で約50分。古くからの農村風景や、駅まで車に出会うことなくアクセスできる緑道や広い公園が魅力である。
椿峰ニュータウンとの共通点は、豊かな自然や公園などがあり、それらを活かした「緑道」があること(資料5)、大都市中心部から約一時間という点や比較的ゆとりを持った戸建て住宅がある点など。
1.「人口減少」と「少子高齢化」が急速に進み、高齢化率は、場所によっては40%を超え、駅から遠い地域で深刻である。
2.「空き家率」が年々高まっている。公的賃貸住宅の空き室が多く、戸建て住宅も3%は空き家である。公的賃貸住宅や戸建て住宅以外の「バリアフリー化」は進んでいない。
3.生活の基本となる「近隣センター」に空き店舗が多く、活気が乏しい。
この問題に対して、すまいるセンターを中心に様々な取組みがされている。筆者は、そのうちの三つに注目した。
商店街の空き家を利用して、地域の方が気軽に集まれる「槇塚台レストラン」というコミュニティレストランを整備した。1階はレストラン、2階は趣味の集いの場として利用される。レストランの担い手は地域の主婦や退職高齢者たちで、地域の人材を積極的に活用している。(資料6)
他に、戸建て空き家の障害者グループホームへの改修など、空き家を様々な用途に転用することで、生活を支えるサービスが半径500mの徒歩圏内に存在するようにしている。
2019年「みどりのつどい」が開催された。子どもたちが段ボールでオブジェを作るイベントやフードフェスなどが行われ、約12,000人が来場した。
ボランティアとして学生(高校生・大学生)も参加した。
すまいるセンターのD氏はこの催しのメリットを4点あげた。
1.子どもたちの帰属意識を高めることで世代交代の促進につなげる。
2.イベントが街の魅力となり、多くの人を惹きつける。
3.公有資産の有効活用につながる。
4.住民コミュニティのネットワークづくりにつながる。
「小地域プラットフォーム」とは、福祉施設やNPO法人、自治会、大学、市や府などの行政が連携した民学産官の連携団体のこと。現在の対策の成功の最大のポイントはこの連携団体の存在である。泉北の大きな特徴は、「自治体」と「大学」が入っていること。それにより素早い合意形成が可能となり、企画実現のハードルを下げる効果があるため、住民に寄り添った連携団体となっている。
泉北ニュータウンの取組みを先行事例として、椿峰ニュータウンの再生に向けて以下のことを学んだ。
「空き家改修事業」からは「①住宅ストックの有効活用」が重要と考えられる。さらに、改修後の機能は一つにとどまらず、槇塚台レストランのように「②様々な機能を備えた施設」にすべきである。「みどりのつどい」からは「③豊かな自然を活かしたイベント」の重要性、「④住民全員が楽しめる企画」が必要と考えられる。最後に、「小地域プラットフォーム」からは、 「まとまりがない」椿峰ニュータウンにおいて、このような「⑤連携団体の構築」が不可欠であると考えられる。
第4章 サスティナブルタウン実現のためには
(オリジナル作品 22ページ)
第3章において、学び、考えたニュータウン再生の対策をもとに、椿峰ニュータウンをサスティナブルタウンにするにはどうすべきかを考える。
今回は、「連携団体・拠点・ネットワークの形成」と、「付加価値をつける」という二段階で考えていく。
「連携団体・拠点・ネットワークの形成」について
1.「連携団体」の構築
泉北ニュータウンの成功に学び、民学産官の連携団体を形成したい。住民組織については椿峰まちづくり協議会が適任である。大学は、最も近い早稲田大学所沢キャンパスなどがある。企業についてはデベロッパーはすでに倒産しているところから西武鉄道などの鉄道会社が考えられる。行政については、市役所で勉強会の開催まで進んでおり、ニュータウン再生を専門的に進める組織を作ることが必要である。
2.「コムビニ」の設置
椿峰ニュータウンの空き家を利用して「コムビニ」という拠点となる施設をつくることを考える。「コムビニ(コミュニティ・コンビニエンス・プレイス)」は、コンビニエンスストアのような機能を持ちながら、地域住民とのコミュニケーションを図り、コミュニティの形成に貢献する。具体的には、庭や託児所、レストラン、マッサージ施設などを併設して、幅広い世代が利用する場所である。
コムビニはモノを売るだけでなく、サービスを提供する場所となり、住民同士が交流するコミュニティスペースとなる。また雇用の場ともなり、住民自身が働いて、生きがい働きがいを感じられ、収入を得られる場所となる。(資料7)
3.「コモビリティ」の整備
「コモビリティ」とは、特定の近隣住民が会員となり、スマホなどで予約して利用する新しい交通システムである。(資料8)のように、先の「コムビニ」や病院・福祉施設など街の要所にステーションがあり、乗り物がそこを行き来する。
高齢化する郊外においては移動手段や交通手段の充実という課題が解決する。さらに、同じ「コモビリティ」に乗る人はある程度知り合いになることから、コミュニケーションが促進される。
「付加価値をつける」
1.「テレワーク」による雇用創出
交通の便に難がある椿峰ニュータウンでは、「在宅勤務」や「サテライトオフィス」など自宅あるいは地域内で働く形式が最良と考えられる。
メリットの一つは、「地域人材の確保」につながる。都市部の企業で働く若者がここで働き、消費し、子育てし、地域活動に参加できる。
二つは、「職住近接の実現」である。地域の活性化に大いに役立つ。
三つは「雇用の創出」である。テレワークによって、地元の企業でなくとも地域に拠点さえあれば、都市部の大企業がその地域で採用、業務が可能となる。
「働き方改革」「技術革新」「コロナ禍」などの様々な要因から、テレワークは注目され始めているのだ。
2.「マルシェ」の開催
椿峰ニュータウンでは、2019年「つばきの森のマーケット」が椿峰中央公園で開催された。「人と人とをつなげたい」というテーマのもとで、高齢化する中、若い人が自発的に店を出すことによって、住民と住民がつながるための「マルシェ」の開催である。
大変にぎわい、訪れていたのは高齢者ばかりでなく、子供連れのお母さんも多く会話がはずんでいた。(資料10)
「マルシェ」はこのように、人々を楽しませ、地域住民の交流を促進させ、椿峰ニュータウンを「住み続けたい」と思える街にすることにつながる。
おもったこと
椿峰、多摩、泉北という三つのニュータウンを取り上げた。これらの特徴として、「緑」「起伏」「郊外地」などが挙げられたがもう一つ共通の特徴に気が付いた。
この街の素晴らしい特徴は、取材した方全員、好きだから街を再生させようと努力していたこと。この「好きである」という気持ち、言い換えれば人々に「好きになってもらう」ことも、サスティナブルタウン実現の大切な要素であると感じた。